当山住職筆

はな む
しん

花は、ただただ
     咲くのみ
   

 ここは、聖観世音菩薩が本尊さまの臨済宗
妙心寺派のお寺で、甲斐百八霊場の第十番札所に
なっております。
 当山は、南北朝時代の暦応年間(1338〜1342年)
に京都と鎌倉を往き来して、京都の天龍寺などを開山
した僧として有名な夢窓疎石によって開かれたと伝えら
れています

禅の教え  禅と言うと坐禅とか禅問答とか何となく堅苦しくて難しいというイメージ
をもつかもしれません。しかし、真に心の自由を求めるのが禅なのです。
それは「脚下照顧」つまり自分の足もとを見つめることから始まります。

 そして、禅で最も重要なのは「いま・ここ」です。「いま・ここ」は禅的な
表現では「即今・只今・此処」となります

 または、「覿面の今」(てきめんとは目前のこと)と表現されます。
私たちはこの「覿面の今」を大事にしなければなりません。私たちには
「いま目前にある今」しかありません。

 過去は過ぎ去ったものであり、永遠に戻りません。また、未来はまだ
やって来ません。また、未来もその時が、「覿面の今」なのです。
とすれば、あるのは現在だけ「いま・ここ」しか私たちは生きられない
のです。

 どうにもならない過去にこだわり、やって来ない未来を色々迷い心配
しても始まりません。
 「覿面の今」を誠実に生きてゆくだけ、それこそが「覿面の今」を永遠の
今に変えてくれるのです。それだけが、私たちにできるいっさいなのです。

 今、やっている仕事や与えられた本分を精一杯つとめること、
一瞬一瞬の現在を完全に充実しきることです。そこに、私たちの生命が
いきいきと全身を露(あら)わすのです。

 「今、三昧」です。

わき目もふらず「いま・ここ」を生きぬくことこそ「禅」なのです。

                   脚下照顧


 当山の花々は四季を通じて楽しむことが出来ます。  春の梅から冬の椿まで一年中花のある境内も一見
 の価値が御座います。
 お抹茶、特製の菓子をいただきながら、心静かな
 時間をお過ごし頂けます。
  なお、糸桜の写真を含めた七枚組葉書なども
  ございます。